『台風の目の少女たち』赤川次郎(2012年)
新年1冊目に読んだのは赤川次郎の『台風の目の少女たち』です。
赤川次郎は十数年前、小学校高学年くらいの頃、三姉妹探偵団シリーズが好きでよく読んでいました。
本を読もうと思い、書店で文庫を端から見たところ、目について懐かしかったので手に取りました。
ここからちょっとネタバレ。
序盤を読んで抱いたのは、人間関係がめんどくさいな……という感想でした。
地方の県立高校に通う安奈が主人公なのですが、東京の大学へ行った年上の彼氏が大学で別に素敵な彼女を作って連れて帰ってくるわ、母親と父親はそれぞれ別に浮気してるわでなんか最初からかわいそうです。
最近そういう人間関係が面倒なことになってる小説を読んでなかったので、序盤は結構疲れました。読み進めるとさらにいろんな人が出てきて複雑になるし……。
まあ、それでも私が投げ出さずに読み進められたのはさすが赤川次郎の筆力ということなのでしょうか。
町にすごい台風がやってきてみんなで学校の体育館に避難して、そこで災害といろんな人間関係が絡み合って大変なことになるお話で、人がたくさん出てきて疲れながらも、慣れれば面白く読めました。
ところで私はフェミニストでして、フィクションにふれるとどうしてもジェンダーの描写が気になります。
今作の主人公安奈のライバル的な存在として登場する雅美は、非常に印象的なキャラクターです。
雅美は、安奈の彼氏である(あった?)章が東京の大学に出て行って、そこで出会った都会の女の子であり、章の新しい恋人です。
(安奈と章の現在の関係がどうなっているのかははっきりとは言及されていなかったと思います。メールのやり取りをしているとあったし、別れてはいないんだろうと思われますが、安奈は章が東京で新しい彼女を作るだろうと諦める気持ちもあったようで、片方が自然消滅しつつある二股みたいな状況だったのかな)
作品の舞台は山際の田舎町で、雅美はそこに現れた唯一の都会人、異質な存在として描かれます。
雅美はある種の「強い女」です。
彼女には里帰りした彼氏を勝手に追いかけてくる行動力があり、状況を的確に把握し正しい判断をする賢さもあり、言いたいことをはっきりと言う気の強さもあり、殺人犯や大嵐にも怯まない度胸もあります。
それと同時に、彼女は非常にチャーミングで外交的で、相手やその場にいる人の気分を害さずに自分の意志を示すのが上手です。
そして彼女はしばしば、要求を通すために自分の女性性を利用します。
愛らしい若い女である自分の魅力に他者を動かす力があることを、雅美は知っているのです。
こういう「強い女」ってどうなんでしょうね。
私はこの小説を読んでいて雅美がかっこよくて素敵だと思う場面はしばしばありましたが、彼女を素直に好きにはなれません。
彼女のお願い上手な部分がどうしても引っかかるのです。特に、中盤で雅美が嵐の中車を出してもらう対価に自分とのセックスを提案し、実際に男にキスをした場面がありましたが、読んでいて辛いものがありました。
お願い上手な女は、男を手のひらで転がしてるとか、実は男より強いんだとか言われることがありますが、お願いはお願いでしかありません。男がNOと言えばそれで終わりです。
セックスなんていうのは女にとってリスクの大きい行為ですが、雅美がこの場面でしている要求は彼女自身のためのものではなく、自己犠牲が過ぎるよなあとも思います。
雅美がある種のスーパーウーマンであるのは確かですが、単純に快哉を叫ぶことができないのはこういうところです。
私はこういう「強い女」って、男に都合のいい範疇に留まっているような気がしてならないんですよね。
あと、雅美に関しては役割語のきつさがちょっと気になりました。小説ではありがちですし、作風と言えばそうなんでしょうけど、こんな喋り方をする都会の女の子はいないと思う……。
一方、この作品には酷い男が何人も出てくるのですが、酷い男として描かれていない男も含め、男たちの態度にはだいたいイラっとしました。好きになれる男性キャラクターが一人もいなかった。
娘の性関係に干渉しようとする男が酷い少女買春親父として描かれてるのはまあいいんですが、男医者が女子高生にセックスについて説教するとかも普通にしんどいです。
あとちょくちょく現れる「いざというときは女を守る」「女の顔に傷をつけるわけにはいかない」みたいなマッチョイズムにもしんどさがあります。間違った意味で流布してる「フェミニスト」(女に甘い男)みたいな。それはパターナリズムというんやで。
まあ雅美はそんなのに大人しく守られるたまじゃないという風に描かれてるわけで、この辺については別に著者のスタンスではないんだろうと思いますが。
章は一番マシですが、すてきなヒロインたちに二股をかけてることを思い出すとこいつもダメだなと思う。
男たちがダメダメで強くて優しくてかっこいい女の子がいるっていうのはひとつの定番なんでしょうね。全然違うけどエヴァとかも思い出しました。
いろいろ書きましたが、女性同士の描写が豊かだったのはよかったです。女も浮気するし、本妻と浮気相手も対話できるし、二股かけられてる女の子同士も仲良くなれるし、同じ人を好きになっても親友でいられるのか。単純ではない人間関係の単純ではない個々の感情を丁寧に描写しているのはさすが赤川次郎なんだなと思いました。